江田神社
について
御祭神
伊邪那岐尊(イザナギノミコト)
伊邪那美尊(イザナミノミコト)
大八島と言われる日本列島を造り、八百万の神様をお産みになった最初の夫婦の神様であります。
当社の鎮座する阿波岐原は、伊邪那岐尊が黄泉の国から帰還された際に穢れた身心を清める為に「禊」(みそぎ)を行われたとされる伝承地であります。
阿波岐原の地名は、神事初めにお祓いのときに奏上される祓詞(はらえことば)にも記載があります。
祓 詞
「かけまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓給ひし時になりませる大神....」
また隣接する市民の森には、禊をされた「御池」(みそぎ池)があります。
瑞穂の国、日本のはじまり
阿波岐原の麓で生まれた太陽神
昔々、世界は混沌とし、天と地は分かれていなかった。
そのうち清く明るいものが天となり、重く濁ったものが地となった。次々と神が生まれ身を隠していったが、男女対となる神が生まれた。男神を伊邪那岐命、女神を伊邪那美命という。
二柱の神は天浮橋の上に立ち、下ろした矛でコオロコオロとかき回して引き上げると、しずくが島となった。その島で夫婦となり、日本の国土となる島々を生み、また海、山、船、食料、火などの神々を次々と生んでいった。最後に産んだ火の神で負った火傷がもとで伊邪那美命は命を落とし、黄泉の国へと去ってしまう。
嘆き悲しんだ伊邪那岐命は、火の神を手に掛けて黄泉の国に赴く。出迎えた伊邪那美命は「黄泉の国の神に相談してきます。その間私をご覧になってはいけません」と言い残し、御殿の奥に消えていった。
待ちきれず御殿の中に入り、目にしたのは妻の変わり果てた姿。驚き逃げ出した伊邪那岐命を、恥をかかせたと追いかける伊邪那美命。黄泉の国の境界付近であわや捕まるというとき、大岩で道をふさいでようやく九死に一生を得た。
「黄泉の国は随分汚く嫌なところであった」
伊邪那岐命は日向の阿波岐原で禊を行い、天照大御神、須佐之男命、月読命が誕生する。「たくさんの子どもを産んできたが、最後に三人の貴い巫女を得たと伊邪那岐命は殊のほか喜んだのだった。
境内ご案内
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本殿 流造
伊邪那岐尊、伊邪那岐尊がお鎮まりになる本殿です。
現在の本殿は、明治20年に再建されたものであります。その後数度の改修がされております。 -
拝殿 入母屋造
昭和10年に新築されました。恒例の折々の祭りや御祈願の際にお参りいただく場所であります。
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オガタマノキ
天照大神が天の岩戸に隠れた時に天鈿女命(あめのうずめ)が実のついた枝を手に持って踊ったことで知られ、これが神楽鈴の起こりともいわれています。
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クスノキ
このご神木に触れると大きなパワーが授かると人気で、特に木の下のほうにある大きなコブを撫でると強力なパワーが得られると伝わっています。沢山の参拝者が撫でるため、コブは磨き上げられたようにピカピカに光っています。